情熱家 雄真  『  一筆啓上。  』
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“ もうひとつの誕生日 ” (2007/12/02)
160cmを超えていた存在も身体もココロも大きくて。

珈琲もミルクも砂糖もすべてたっぷり入った濃くて甘い

インスタントのコーヒーをいつも皺くちゃな手で作ってくれた。

小学生低学年の僕に紙に包んだ千円札を

帰り際にいつも握らせてくれた。

近所の豆腐屋から朝いちばんで出来たばかりの

二丁分の切っていない豆腐を鍋で買ってきてくれて

朝ごはんに食べさせてくれた。

身体の具合が悪いとオロナミンCに玉子をいれて

不思議な栄養ドリンクを飲ませてくれた。


そんな大きなばぁちゃんが

2007年11月22日静かに91年の人生を終えました。


小学生の頃、両親の離婚により

10年に一度ぐらいしか逢えなかった

ここ最近は3年ぐらい前に逢った時にはもう痴呆症が深く

“ あなたは誰なの? ”

と大きなばぁちゃんは小さくなっていた。

でも声と話口調だけは確かにばぁちゃんだった。

葬式には出なかった。

ひっそりと身内だけの法事に出ようと思った、

今日の法事で何十年ぶりに親戚と顔を逢わした。

叔父さんから

“ ばぁちゃんはお前をいつも自慢していたんだぞ! 
  イベントで新聞に載った時も新聞を近所の人に見せて歩き
  ずーと病室にお前の写真を置いて自慢していたんだよ!   ”

と泣けてくるという感情よりもこのばぁちゃんの孫で

よかったってシミジミ感じた。

何十年ぶりの祖母の家。

大きなな柱は昔と変わらず、やっぱり落ち着く自分にやや驚きながらも

まわりの山並みも何も変わらない。

変わったのは大きな柿の木が無くなり、

写真の中に大きなおばぁちゃんがいること。

おばぁちゃんとおじいさんが出逢って結婚して子供・孫・ひ孫

みんなで40人近くなる。

おばぁちゃんとおじいさんが結んで血を分けてくれた

このたくさんの一生途切れることのない親戚という集まりの

ご縁があることに感謝もしたし、おばぁちゃんを尊敬した。


91年という人生を終え次の世界に旅立っていった。

ある意味、この世に生まれることのように別の世界に生まれる

もうひとつの誕生日のように。

毎年毎年この日に家族や親戚が集まり

大きなおばぁちゃんのことを話すだろうなぁ。


ありがとう、おばぁちゃん!

あなたの孫で良かった、

これからも自慢できるようにがんばるよ。

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病院のベットにいたひいおばあちゃんに自分の子供を抱いてもらったあの日を思い出します。

小さな赤ちゃんを抱くのは久しぶりで、恐々と抱きかかえてくれました。

でも、私の子供だとは言わずに対面させてしまいました。

高齢が故に、シングルだとは告げるられずに。。。

帰り間際、『頑張らんか!』

の一言。

涙でいっぱいでした。大好きなおばあちゃんには見抜かれていました。

もっともっと頑張って生きよう。そう誓いました。
(蓮まま)
2007/12/04 | URL |(trip@vkcXtX9g)
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