情熱家 雄真  『  一筆啓上。  』
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“ 明治36年11月5日 ” (2008/12/19)
『 おかぁさん!がんばってな!! 』

と枕崎の訛りの強いことばで

ストレッチャーに横たわり今から手術室に入る扉の前の祖母に

声を掛け、メモ用紙か何かで創った千羽では無く

たった一羽の小さく真っ白いおり鶴を祖母の枕もとに

添えて呟くように“ おかぁさんの好きな鶴だよ!”

とオフクロが言った。

オフクロは普段は祖母のことを“ ばぁちゃん ”と呼ぶが

感情がストレートな時だけは“ おかぁさん ”と祖母を呼ぶ。

この光景がたまらなく僕はこのふたりの家族として好きだ。


昨日の午後、祖母が転倒して動けないと携帯が鳴り

駆けつけた僕は状況を見て動揺して大袈裟にしたくないと

言う母を説き伏せ救急車を呼んだ。

どうやら左足の付け根が折れているらしい。

待つ事数分後に救急車が初めて我が家に来て

手馴れた動きでタンカの祖母と母が救急車で病院へ向かった。

慌てて駆けつけた家族がプレスの効いた白衣を纏う

若いドクターの説明に耳を傾ける。

“ このドクターなら信頼できる! ”

両耳で彼の話を聴きながらも

彼の動き・発する言葉のスピード・目の動き・温度 を

観て自分の直感で僕はそう感じた。

手術自体は足の付け根にボルトを入れ固定する。

もし若い人がこの手術を受けるならたいした事の無いことらしい。


しかしながら我が祖母は明治生まれの105歳である。


寝たきりの生活をしていたなら手術はしなくても自然に

骨はくっ付くらしいが、まだ祖母は2本の細い足で歩いて

日々を暮らしている。

そういう事から手術を勧めます!

しかしながらも年齢が年齢ゆえに心配な点も多々ある

とドクターの説明を受けた。

さすがに家族揃って見た祖母の折れた足のレントゲン写真

の前では涙があふれそうになった。

そして手術中の赤いランプが点き

ぼくら家族は待合室で

先生の無事終わりました!このひと言を待った

予定の時間より1時間を越えたころから

家族には落ち着きが無くなり

あと10分待って連絡が無い時は

こちらから状況を聞こう!と決めた瞬間に

蓬いろの手術着を着た先生が現れ

“ やっぱり100年生きれる人は違いますねぇ・・。 ”

との言葉をはじまりにすべてが大丈夫です!と

家族の緊張を溶かす魔法のような言葉を発した。

そして数分が点滴をさげた祖母が手術前と変わらない様子で

家族の前に現れた。

“ 先生、わたしは目も悪いから

目も治してくれたら良かったのに! ”

と強がりなのか茶目っ気なのかそのようなことをいう。

この女性からは自分も見習うことも多いぐらい

極プラス思考である。

戦争を幾度もくくり抜け生きてきた証なのか?

今回も “まだ生きたい!”と

口に出しこの苦境を乗り切った。

手術中でも明るく振舞ったらしい。

プラス思考は全てを見方にする。

どこかでそういう話を耳にしたが

まさにそうであった。

恐るべし明治の女

僕はこの子孫であり孫であることを誇りに思う。

やがて時が来ていつかは彼女も

肉体は消え去るだろう・・・。

しかしながら

この生き様は生涯僕は忘れない。

そして誇りも消え去ることはないだろう!
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とっても!!!
力づよいです!!!

(tomomi)
2008/12/20 | URL |(trip@xjc7fkBo)
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