情熱家 雄真  『  一筆啓上。  』
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『 サバの干物 』 (2006/07/25)

オツカレ③。先日、友人から魚の干物セット 229 を戴きました。


その中に“サバの干物” が入っていたのですが・・・・。


実はサバの干物は、大好きな食べモノのひとつなんですが、


想い出としてのサバの干物は苦くしょっぱい想い出ばっかりです!


昔、幼い頃まだ親父とひとつ屋根の下258に暮らしていた頃


ワタシの家は共働きで親父の弁当を祖母が作っていたときが


ありました。ワタクシのオフクロは40歳過ぎての子ですから、


祖母は自分が小学生ぐらいで70才ぐらいの立派なおばぁさん510でした。


祖母は港町の生まれなので、魚229がほとんどの主食です!


だから親父の弁当はサバの干物を半身焼いたのと白菜の漬物を


白いご飯の上に乗っけてたいわゆる“サバ弁当” でした。


親父は田舎の貧乏子だくさんの中で生きてきたので、毎日のように


サバ弁当が続いても何にも文句を言わず、


ただただ弁当を下げて仕事に行きました。


それを眺めながら、貧乏ったらしい自分の家庭が幼いワタクシは


嫌でイヤで仕方が無かった。


しかし数年後、家族が別れて暮らすようになり祖母が僕らの暮らしの


面倒を見てくれる日々が続き、インスタントラーメン373の多い日が


続きたまにテーブルにあがる“サバの干物” 229 とタクワン


贅沢な食事にイツカラカなっていた。


高校の入りバイト代が入るようになってもイツデモ食べれるように


”サバの干物” とタクワンを自分で選び、冷蔵庫に入れて


ストックするだけでただそんな些細なことで幸せを感じていました。


いつしか社会人になり、実家に帰ると相変わらず祖母が


“サバの干物”を焼いてくれてもあまりにも、ツライ想い出が背景にあり


拒否して食べないときもあった。


しかし今は、そんな ど根性・ど貧乏 があったからこそ、


いかなる困難にも立ち向かえる!


あの時に比べりゃたいした事ねェよ!ってこれが自分のバネである。


それを認めたときから“サバの干物” 229が大好きになった。”


今では実家に帰る際につい、祖母にサバの干物を


             買ってかえろうかな!っていつでも考える。



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